わが国で最初の、そして唯一の民間交響楽団である新交響楽団(N響の前進)を山田耕作、
近衛秀麿氏等の同志と共に結成し、わが国の交響楽運動の先駆者として
今日のN響に至る35年にわたりシンフォニーヴァイオリニストとして活躍した。
その間ヴァイオリンをケイニッヒ氏、シヘルブラット氏等に学んだ。
N響の停年制断行にあたり、後進に道を開くために勇退N響団友としてその名を連ねた。
指揮はジョセフ・ローゼンストック氏の教えを受け、
N響の指揮陣営のピンチヒッターとして高く評価され他の追従を許さなかった。
現在ではもっぱら指揮に専念し殊に学生オーケストラの指導には30余年の経験を持つベテラン指揮者であった。
(第2回定期演奏会パンフレットより、一部改変)
−尾原勝吉氏楽歴−(第11回、第18回定期演奏会パンフレットより、一部改変)
明治32年 島根県にて生まれる。
1919年 宮内省音楽部山井基清氏に師事、ヴァイオリンを習う。
大正11年 明治大学卒業。
1924年 近衛秀麿、山田耕筰氏らと共にN響前進である「新交響楽団」を結成。
以後30年間、ヴァイオリン奏者として、又指揮者として、日本の交響楽団と共に歩む。
1943年 常任指揮者として来日中のローゼンシュトック氏について指揮法を学ぶ。
1949年 NHKの青少年音楽会公開放送の折、プロコフィエフ作曲「ピーターと狼」の日本初演に際して、
山田和男氏急病の為、リハーサル無しのぶっつけ本番で指揮をとる。
1957年 音楽生活30周年を記念して、記念演奏会が開かれる。
同年N響退団し、後任に道を譲る。
1963年 お茶の水管弦楽団の指揮指導にあたる。